地域活性化の成功モデルを探すとき、私たちはつい「整った街並み」や「洗練された観光戦略」ばかりに目を奪われがちではないでしょうか。

しかし、愛媛県の松山市と今治市を歩いてみた私は、そこには教科書通りの成功とは異なる「良い意味でのアンバランスさ」という不思議な魅力を感じました。

活況なのか、それとも衰退なのか。その両面を併せ持つ両市を3泊4日で垣間見た、素人による個人的な感想をここに残したいと思います。

松山:国際観光地の賑わいと、取り残されるハードウェア

日本最古の温泉地として知られる道後温泉。現地は今、外国人観光客で溢れかえっています。

しかしその賑わいとは裏腹に、宿泊施設のハードウェアには課題もみえ隠れします。

道後温泉本館裏手に「空の散歩道」という足湯があるのですが、そこからの景観は昭和に栄えた道後温泉。

外国人観光客には良い意味でレトロに見えるのかもしれませんが、昭和生まれの私には、長年新陳代謝のなかった温泉街のようにみえてしまいます。

新しい建物は少なく、防災面でもリノベーションが必要なのではないでしょうか。

私が宿泊した市内のビジネスホテルでも、ロビーこそスタイリッシュに整えられているものの、客室に入れば古い建物をリノベーションした名残が強く、インフラの更新が追いついていない印象を受けました。

また観光客向けの「地元の食」の提供よりも、ビジネス客への利便性に偏っている施設もあり、「観光地としての期待」と「実際のサービス提供」の間に絶妙なズレが生じているのです。

このアンバランスさは、街歩きでも顕著に現れます。

  • 大街道周辺の活気:アーケード内は賑わいを見せ、三越デパートはバブル期を彷彿とさせるきらびやかな装飾、かつての栄華をしのぶとともに残酷な時の流れも感じてしまいます。
  • 松山市駅方面の静寂:一方で、少し歩いて市駅方面へ向かうと、シャッターが閉まった店舗も目立ちます。

しかし、この「すべてが完璧に新しくない」状態こそが、かえって街に独特の勢いと人間味を与えているようにも思えました。

そして、市民の足として定着し、ビジネスマンと地元の人、観光客、外国人、地元の高校生などが入り混じる路面電車は、中核都市としての底堅い「民度」と活力を象徴しています。

今治:産業の誇りと、変わりゆく生活圏の風景

造船と繊維業で栄えた今治市もまた、奇妙な対照を見せる街です。

今治タオルの本店は整備された工業団地にあるのですが、それを取り囲むように、マンションや新しく綺麗な住宅が建て込んでいました。

産業が今もなおこの街の経済を支え、そこに住む人々の暮らしがあることがうかがえます。

その一方で、商業環境の変化も劇的です。

今治タオル本店の目の前にあったショッピングセンター(フジグラン今治)はつい先日閉店し、地元のタクシー運転手によれば「フジグランだけでなく、中小のスーパーがどんどん閉店していって、買い物はイオン一択」という状況になっているそうです。

「伝統産業の成功と新しい住宅地」というポジティブな側面と、「元々存在していた地域商業の空洞化」というネガティブな側面が、となり合わせに存在しているのです。

しかし、今治焼き鳥の繁盛店には次から次へと地元の常連客が出入りする活気があったし、今治造船などの地場企業が地域の神社(大山祇神社)に寄付をして支えるといった文化的な繋がりは、数字上の投資対効果だけでは測れない、この街が積み上げてきた「歴史と格」も見せつけます。

しまなみ海道:過剰な投資か、未来への貯金か

今治から尾道(広島県)へと続くしまなみ海道

どこまでも完璧に舗装された道路は、まさに「サイクリストの聖地」にふさわしいものです。

瀬戸田(広島県)でみた、波静かな美しすぎる海、誰もいないフェリー乗り場、青い空と橋の絶景。

個人的には「秘密の場所」にしておきたいほどの素晴らしさでしたが、人影まばらな平日の様子をみると、行政の投資対効果という観点からは、一抹の不安を覚えてしまいます。

しかしこの「一見過剰なほどのインフラ」があるからこそ、この静寂を享受できたという側面もあります。

効率を追い求めすぎて混雑してしまえば、瀬戸内特有の「穏やかで平和な時間」は失われてしまうのかもしれません。

アンバランスさが生む「余白」の価値

松山・今治を訪問して感じたのは、地方都市において「すべてが均一に発展している必要はない」ということです。

  • 古い建物を使いながら、新しい層を惹きつける松山のバイタリティ。
  • 生活の不便さはありつつも、確かな産業と美しい景観を共存させる今治。

この「アンバランスさ」は、見方を変えれば、移住やロングステイを検討する人々にとっての「入り込める余白」ではないでしょうか。

松山は国際空港を抱え、台北やソウルへのアクセスも良く、適度な田舎でありながら都会的な洗練も持ち合わせています。

「活況か、衰退か」という二元論ではなく、その両方のグラデーションを抱えたまま、この街は独特の進化を見せてくれたように思います。

地域活性化のヒントは、この「整いすぎていない、不思議な調和」の中にこそ隠されているのかもしれません。

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